転校1日目に家にたどり着けなかった理由。

これはいつか短編にでもできるかと思うくらい笑える、ある春の日のできごと。
小学校1年生から2年生の春休みに転校した。
始業式に一緒に行ってくれた母は、式のあと担任の先生に挨拶をして先に帰って行った。
新しい教室に着いたら、新しいクラスメイトの大久保さんが「あ、近所に引っ越してきたよね」と話しかけてくれた。私はもちろんその子のことを知らなかったが、春休みの最初のころに引っ越してきて、挨拶回りや買い物などで随分近所を動き回っていたので、どこかでその子に会ったのかもしれない、と思った。
帰る時間になって、大久保さんが「近所だから一緒に帰ろう」と誘ってくれた。途中まで順調に歩き、私は小さな交差点で左に曲がろうとした。でも大久保さんは「まっすぐだよ」と言う。私の家は左に曲がったらもう見えるくらい近いのに。でも「明日から道が分からなかったら困るから」と自分を納得させて、大久保さんに従った。
しかし見たことのない道が続き、一向に我が家に着かない。知った道にも出ない。引っ越したばかりの小学2年生だから自分の住所はわからない。大久保さんも困っていた。
私を見たことがあるというのは話しかけるきっかけに過ぎなくて、私のことなんて知らなかったんじゃないか、いま思えば。でもその時は大久保さんを恨むなんてつゆもよぎらなかった。小学2年生は良くも悪くも他人との関係性は希薄だ。
近くを通ったおじさんが、私たちが困っているのを見かねて声をかけてくれた。おじさんからみたら、引っ越してきたばかりで自分の家が分からなくなってしまった女の子と、その子の家を一緒に探してあげているクラスの友達。分からなくなったのなら戻ればいいのに、そんな選択も思いつかないままおじさんと一緒に3人で歩いた。
いい加減歩いた頃、見覚えのある橋に行き着いた。あ、この橋を渡れば。渡り切って右に行けば!あった、私の家!よかった。
結局あの曲がり角を左に曲がればすぐに着いたはずの私の家。友達の言うままについて行ったら、すごく遠回りになってしまった。大久保さんとおじさんは、また歩いて帰って行った。
思えば時間がいっぱいあった小学生の頃。なかなか帰り着けなかった新学期一日目、下校の顛末。